「いつまで寝てるつもりだ、馬鹿」


背中に軽く蹴りを入れられて、びくりと思わず跳ね起きた。
すっかり朝になっていて、木の隙間から朝日が差し込んでいる。

オレは苦笑して謝ると、立ち上がって伸びをした。
ふわりと風が顔に当たるが、生ぬるくて嫌なものだったので首を横に振った。


「おはよ、ジャック」

「・・・は?」


いたって普通の挨拶である。
しかしこのジャックには理解できなかったようで。

いぶかしげに顔を見られたので、くすと笑って前に立った。


「朝起きたら、必ずこっちの世界じゃ『おはよう』っていうんだ」

「ほう・・・」

「だから、おはよう、ジャック?」


人好きのする笑顔でもう一度言ってやれば、あきれた顔で一言。


「お前はのんきだな・・・」


リュータは少し傷ついた。
それが自分のとりえだと思っていたのでなおさらである。


「・・・わりぃ」

「・・・おはよう、馬鹿」


小さく謝った刹那、ジャックがぼそ、と教えた言葉を口にした。
なんとなく嬉しくなったが、最後に余計な一言が加えられた。


「・・・オレ、リュータだけど」

「お前がもう少ししっかりしてきたら呼んでやるよ」


まだまだ遠いがな、と言い放ってジャックはすたすたと行ってしまう。
本当ならオレが動かすのに・・・と色々心で思いながら、後を着いていった。

まぁ怒る気にはなれない。
守ってもらっているし、・・・多分きっと、不器用なりにオレと接してくれてるんだろうから。















そんなこんなで3日間、この薄暗いジャングルを必死に歩いた。
オレももうすっかりこの状況に慣れて、ナイフですばやく敵を倒せるようにまでなった。

ほとんど恐怖もなくなった。
ジャックも前ほど厳しい口調ではなくなった。







しかしオレは、サバイバルホラーの、まだ『サ』の字辺りしか探っていなかったのだ。
















・・・その日の夜、同じように背中合わせに眠ろうとすると唐突にジャックは言った。


「明日・・・ゾンビの無法地帯に入り込むからな」

「・・・え?」

「このゲームをなんだと思ってる。そんな物・・・出てきたって当然だろう?」









・・・こうなるのは、前から大体分かっていたことで。
知っていたのに頭からは完全に消し去られていた。

よほどオレは避けたかったのだろう。




・・・また、恐怖が。
こみ上げてきた。














「・・・は、はは・・・案外オレってビビリだったんだな・・・」












手の震えが止まらない。
心臓が口から飛び出そうなほど、脈を打って。






気持ち悪い。











「・・・何のために一緒に行動している?」







ぽつり。
背後から聞こえ。




いつもの、あきれたような口調。









「手っ取り早く戻るといったのは、お前だろうが、・・・リュータ」
















・・・ジャックが。 ふいにオレの名を呼んだ。


たったそれだけで。


怖さが一気に、霧散した。















「・・・そうだよな」













オレは、一人じゃないんだ。













「さんきゅ」


起き上がって、ジャックの耳元で囁いてやる。
すると恥ずかしかったのか、囁かれた方の耳をふさいで「早く寝ろ馬鹿」と怒られた。

また『馬鹿』に逆戻りしたが、もうどうでもよくなっていた。

一回だけでも、俺の名前を呼んでくれたということは。
少しずつでも、ジャックに認められたという、証拠だから。



















・・・次の日の朝、オレは自分に気合を入れて歩き出した。
何が出てきても平気なように。
せめて足は引っ張らないように。


やはり出てくる蛇や虫などをナイフで切り捨てながら、
前にいるジャックにおいていかれないように必死についていく。
しばらくそうして歩いていると、ジャングルの終わりが見えてきた。

こんなときに、何を思ったかオレは・・・





ようやく抜け出せたことに安堵して、ジャックを追い越して出てしまったのだ。







・・・昨夜、忠告されたことも忘れて。


















ジャックが声を上げるのと同時。


がしゅ、と肩をつぶされた音がして。














一瞬とは、こんなにも長いものなのかと思った。


痛みが来たのは、何秒後だったか。










左の肩に、半分溶けた人の顔が。








汚い歯を食い込ませていた。

















「・・・ッ・・・」





ぎょろりと目玉がオレの目を見た












恐怖、した。













ありったけの声で叫びたかったのに、


声がかすれ 逃げ出したかったのに、






すくんで、ひるんで









「ちっ」


ジャックが舌打ちしながら、かばったオレの肩にいる頭を大きな爪でかち割った。
膝の力が抜けて、へたりと座り込んだ情けないオレに、 ぴしゃりとジャックは平手打ちをかました。





「お前のんきでいるのもいい加減にしろ!! ここはお前が住んでたような平和な場所じゃないんだぞ!!」





・・・ふと、我に返った。
ジャックの冷たい目が、オレを睨む。

足手まといにならないようにと、そう思っていたのに。
軽はずみな気持ちで出て行ったオレが、馬鹿で。

ジャックがいなければオレは生き延びることなんか出来なかった。
こんなマイペースをここまで連れてきてくれたジャックに、オレは。








仇を返してるだけじゃねーか。








恐怖心なんて これっぽっちも、消えてねぇじゃねーか。












「・・・わ、わりぃわりぃ、突然だったから」

「・・・もういい、行くぞ」


無理に笑顔を作ってジャックに向けたが、あきれと怒りが混じった顔で無視された。
当然そうなることはわかっていた。


けれど、やっぱり。










死にたくなるほど、悲しかった。












後編.