「あ、ちょっとまてよっ」
あわてて主人公を引き止める。
まだ準備も何もあったもんじゃない。
というか・・・本当は行きたくないのだから、準備なんてしたくもない。
だが電源は、切れないのだ。
行くしか。
行って、生きて帰ってくるしか道はないのだ。
腹をくくって、さっそく出かける用意をする。
親はまだ帰ってきてはいない。
こっそりと果物をきるナイフや包丁を取ってきて、鞄に詰めた。
食べ物と飲み物も持てる分だけ大きなリュックに入れる。
「・・・そんなに持っていったら重くて動けないだろうが」
突然しゃべりだすもんだから、びくっとして後ろを振り返ると。
そこには赤い目をした主人公が、ガスマスクを頭に付けながらベッドに座っていた。
ベッドのふかふかした感触が不思議に思うのか、金属の硬い手でぼすぼすとベッドを叩いている。
オレは指摘された荷物の重さを軽減すると、主人公の隣に勢いをつけてベッドにダイブした。
「うぉっ・・・」
スプリングの跳ね返りで主人公の体も一緒にはねる。
何だこれは、というような顔をするそいつに聞いてみた。
「もしかして・・・ベッドに寝たことねーの?」
「・・・こんなもんはゲームの中にはない・・・」
ぼそ、と答える声に、明るくこう返してみた。
「今日・・・もしまだ時間の余裕があんなら・・・寝てくか?」
「お前は馬鹿か」
ぴしゃりとキツく突き返された。
だがまぁ仕方ないんだろう。
こいつはこいつでゲームの中の使命を果たさなければならないのだから。
オレは苦笑しながら、ベッドから起き上がった。
そして小さめの鞄とリュックを持って主人公と向かい合う。
「・・・行こう。んで、手っ取り早く戻ろう」
そういえば、主人公がすっと立ち上がった。
「・・・俺を殺さなくていいのか?後悔しても知らないからな・・・」
赤い目で見られて、最後の選択を迫られるが。
「お前なんか殺してゲーム終わらせたって、後味悪ィだけだしな」
ハナから殺すつもりなんか、ない。
むしろ今はもう。
「生きて帰れば、それでイイんだろ?」
な、といいかけて何か忘れていたことに気づく。
「・・・そういや・・・お前名前なんてーの?」
そのとたん、主人公はまたしても呆れた顔で、さきほどと同じことを指摘した。
「だから・・・ホントに説明書読まない奴だな・・・馬鹿」
くるりと後ろを向いてしまうが、オレはあえて読まずに言ってみた。
「でもせっかく会えたんだしさ、自己紹介しあったってバチはあたんねーだろ?」
マイペースににっこり笑って、返事を待つ。
すると意外にもすんなりと応じてくれた。
「・・・ジャック。それが俺の名だ」
ちら、と少しだけ後ろを振り向いてそう告げると、また元の方を向いてしまった。
答えてもらえるとは思っていなかったので少し嬉しい。
「そか。んじゃーよろしくな、ジャック」
「・・・お前の名は?」
聞くだけ聞いてまだこっちの名を名乗っていなかったことに気づく。
オレは主人公、ジャックの目の前に立って手を差し伸べた。
「オレはリュータ。改めて、よろしくな?」
「・・・あぁ」
不器用な、慣れない手つきで手を握られる。
冷たい金属と触れ合っているが、なんとなく暖かい気分だった。
「・・・来い」
ふと手をそのまま引っ張られ、導かれた先は。
サバイバルホラーらしい画面が映っているテレビ。
先ほどジャックがこのテレビから出てきたように、同じ動作で中に入るというのだ。
しかしオレは普通の人間だ。
果たして画面に血の痕を残さずにゲームに入り込めるのか疑問である。
「・・・目をつむれ」
「・・・ッ」
言われた通りに目をつむれば、難なく。
ぐい、と力強く握った手を引かれて、
オレは無事に画面をくぐり抜けていった。
・・・この先無事でいられる保障は、なかったが。
「・・・いてっ」
どす、と派手にリュックもろとも投げ出された場所は、なにやら奇妙なジャングルで。
草や木が静かに風に揺れている。
時々すす、と何かが木と木の間を渡っていく。
じっと目を凝らしてみれば、金の瞳をした細長い、かなり大きなヘビであった。
「・・・あのヘビに咬まれたら1分も持たずに死ぬからな」
「ひぎゃっ」
背後から突然、一緒に落ちてきたジャックに話しかけられ、オレはアホらしい声をあげる。
呆れた顔でため息をつかれ、よく聞けとオレの前に片膝をついた。
「お前な・・・怖いのが駄目ならこんなゲーム始めるな馬鹿。お前が死んだら俺まで死ぬんだぞ?」
「・・・え?」
ゲームのデータなのだから死ぬはずは、と言いかけてジャックがさえぎる。
「間接操作型(コントローラ型)で普通にプレイしてみろ。
俺が死んでゲームオーバーになったとしても、お前にはなんら害はない。
リセットすればまたデータである俺は元通り生き返る。そこまでは解ったか?」
・・・まぁなんとなくだが理解は出来た。
こくりとうなずけば、続ける。
「しかし・・・直接体感型(リアルプレイ型)なら話は違う。
操作するお前が直接ゲームに入り込んで動く・・・
ならばお前が死ねば俺も自動的にアウト・・・というわけだ」
もちろんリセットは出来ない。
操作する人間がいなくなってしまうのだから。
・・・そう考えると、妙に怖くなってくる。
思わずがたがたと震えだした。
「・・・う」
「・・・怖いなんて思っている暇があるなら」
言いかけて、す、と金属の指から長い切れ味のよさそうな爪を出した。
そして勢いよく、自分の右側の空を切った。
瞬間、すぱんという小気味のいい音がオレの左耳に届く。
その後なんとも生々しい・・・先ほどの大きなヘビが地面に落ちた。
「・・・自分の身ぐらい守れるようになれ」
人間にはありえない赤い目で、オレを睨むジャック。
ヘビの血飛沫がオレの服にはねて、黒く変色する。
とたんにジュッと音を立てて服を溶かすのが見えた。
「な・・・」
「馬鹿早く脱げ!」
そう言われて急いで脱ぎにかかるが、焦りすぎて上手く袖が抜けない。
もどかしくなったのか、ジャックは舌打ちしながら、びりとオレの服を裂いた。
「うぉっ」
脱がした服で自分の爪についた血を拭き、そのままヘビの死骸の上に服を放り投げる。
オレは上半身裸にされて少し寒くなり、バッグから予備の服を取り出して着た。
(持ってきといてよかった・・・)
適当にぶち込んだが、服だけはどうしても無いと血だらけになったとき困るだろうと思いちゃんと入れておいたのだ。
しかしまさか破かれるとは思っていなかっただけに、本当に入れておいてよかったと実感した。
「あのヘビの血は強酸性だ。・・・身をもって知っただろうが・・・
このジャングルにはこんなのごまんといるから気をつけろ」
・・・なんだかジャックのペースに振り回されている気がするが、自分はド素人なので仕方がない。
こいつの言うとおりに、今度は小ぶりなナイフを片手に身を守りながら道なき道をどんどんと進んでいった。
・・・しばらく歩いて・・・何時間経ったんだろうか。
時計を持ってくるのを忘れたことに気づいたのは、かなりの時間歩き回ったあとだった。
辺りはだんだん暗くなり始めている。
そうするともうそろそろ夜になるのだろうか。
「・・・腹、へらねーの?」
ふいにぼそ、と発した言葉。
ジャックは後についてくるオレを振り返って見た。
「・・・は?」
「これ食うか?」
なんだかもう周りの風景にも慣れてきて、安心・・・とまではさすがに行かないが、
落ち着いてきたので思わず腹がなったのだ。
がさごそと鞄をあさって、チョコバーを取り出す。
1本ひょいと投げてやると、受け取るなり眉をひそめて難しい顔をした。
「・・・何だこれは・・・」
警戒するように凝視しているジャックを見ていて思わずオレは吹き出した。
「危なくねェから安心しろよ。それは食いモンだよ」
包み紙を取って、チョコバーを口に運ぶ。
するとジャックも同じようにして豪快に口に入れた。
ばりばりと派手に音を立てた後、喉を鳴らして飲み込むのが分かった。
「・・・美味いだろ?」
にっこりと笑って聞けば、きょとんとした顔。
こんな顔はきっと普通にコントローラでプレイしていたら見られなかっただろう。
「・・・不思議な味がする・・・」
「甘いっていうんだよ。お菓子だから、甘い味がするんだ」
そういいながら、そばにあった大きな木の根に、上に何もいないか確認してから座り込んだ。
ジャックも疲れたのか・・・果たしてその感覚というものがデータにあるのかは知らないが、
とりあえず隣に腰を下ろした。
オレがまた何を取り出すのか気になるのか、じっと鞄を見ているジャック。
まるで子供のように見えるその風貌からはまったく強そうに見えないのに、
なぜかずっとここに来るまでの間守ってもらっていた。
さすがゲーム、と思いながら、隣で楽しみに待っている子供に新しいものを与えた。
「・・・ッな・・・んだこれ、げほっ」
「あ、キムチ駄目だったか?」
サバイバルホラーに何を持ってきてるんだというのは気にしない。
オレの大好物なのだから仕方がない。
・・・しかしあいにくこの子供には駄目だったらしく、痛いといいながらむせていた。
「・・・さっきのほうが好きだ」
ぼそ、と隣でつぶやくので、残りの一つを手渡してやった。
自分では自覚していない『辛い』という味覚を消すために、がぶりとチョコバーにジャックは噛み付いた。
「・・・甘い」
なんとなくだがうれしそうに、チョコバーを食べ進めていくように見えた。
「家に戻ったら、好きなだけやるよ」
「本当か?」
思わず声を弾ませたジャックは、オレにそんな一面を見られたくなかったのか恥ずかしかったのか、
なんでもないと一言言ってくるりと背を向けた。
可愛いというかなんというか。
まぁあまり突っ込まないでやろうと思い、そのまま根に頭を置き眠る体勢を取った。
・・・もう真夜中だった。
焚き火をすると敵に見つかってしまいそうなので、あえてやらないでおいた。
掛け布団までさすがに持ってこられなかっただけに、冷えて仕方がない。
どうしても寝付けない。
「・・・寝ておけ。疲れがたまると命を落としかねない」
そんなことをいわれても寒さがどうにもならなければ対処できない。
「寒いんだよ・・・」
体を丸めて縮こまれば、自分の体温を感じるがまだ足りない。
するとふいに背後に温かいものが触れた。
「え?」
「・・・寒いんだろう?」
ぶっきらぼうに背を向けて、体温をくれるジャックは。
優しくて頼れる、しかしどこか無垢というか無知というか。
そんな。
『相棒』と呼べる存在のような。
ただの思い込みかもしれないが。
まだそこまでとは行かないが、せめて。
『友達』になれたような気が、して。
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