なんだか温かくて 心地よくて
深く眠ってしまったようだった。
ぼそ、とミシェルが俺に何か言っていたような気がしたが・・・
なんだったんだろうか。
・・・頭の中がやけにすっきりしている。
コレも全部、あの『天使』のおかげなんだろうか。
・・・数分経って俺はようやく気づく。
今いる場所が、その『天使』の腕の中だということに。
「・・・ッ!?」
びっくりして起き上がってみれば、毛布がちゃんと掛かっていたらしく。
ミシェルがくしゅ、とくしゃみをするので、そっと背中に掛けなおしてやった。
とりあえず・・・ベッドまで運んだ方がいいのだろうか。
・・・しかしこのままだとこいつは風邪を引くだろう。
「・・・よ、・・・っと」
起こさないように姫抱きして、そばにあったベッドに横たえてやる。
気持ちよさそうに、眠る、ミシェル。
・・・『愛しい』。
「・・・す、き・・・だ」
・・・『愛しい』が、あふれる。
・・・優しく、唇を奪う。
あくまでも、気づかれないように。
・・・しばらくして、ミシェルが目を覚ます。
ゆっくり起き上がってベッドに移動されたことを確認した。
「・・・ナカジさん」
名を呼んでみると、テーブルで勉強していたナカジがびく、と体をこわばらせる。
ふいとベッドから降りてミシェルは背中から声をかけた。
「わざわざベッドまで運んでくださったんですね・・・ありがとうございます」
「・・・あぁ・・・」
本当は面と向かって返事をしたかったのだが、
さっきしたことを思い出してしまい恥ずかしくなってうつむきながら答えた。
・・・勉強に集中しようとして、小さなテーブルに開いてあった問題集の長文に目を通す。
すると。
・・・・・解けるのである。
一番苦手だった英語の長文が、全部和訳できるのである。
ひたすらペンを走らせるナカジを見、ミシェルはうれしそうにノートを見つめた。
「・・・おわ・・・った・・・」
「おめでとうございます」
分厚い問題集をものの4時間で解きつくしてしまい、ナカジは唖然とする。
「・・・・・すげぇ・・・」
「・・・僕の知識、役に立ったようですね」
お疲れ様です、とにっこりと微笑んで紅茶を差し出してくれたミシェル。
なんだかうれしくなって、ナカジもふ、と笑顔になる。
受け取った紅茶を飲みながら一言。
「・・・まさしく天使だな」
そういうと、笑顔を崩さずミシェルが答える。
「・・・一応僕、『知識の天使』なので・・・一度読んだもの、聞いたものならすべて記憶してしまえるんです」
・・・ずいぶん便利な奴もいたもんだな、とナカジは苦笑する。
しかし嘘でもないのだろう。
こいつがこんなことで嘘をつくなどとは考えられないから。
「・・・じゃぁこの図書館においてある本の題名全部言ってみろ」
すこしからかってみようと、そんなことを言うと。
「えぇ、かまいませんよ。・・・まずあちらの本棚にある物語はですね、左端から順に『アイス・ビューティー』、『明日への扉』、『ありあけの・・・」
「・・・いや、いい・・・やっぱりいい・・・」
思わずミシェルの口をふさぐナカジ。
本当に全部答えられたら何時間かかることやら・・・。
「・・・そろそろ帰る。邪魔したな」
「いえ、またいつでも来てくださいね」
「・・・あぁ」
日が暮れかかっていたので、ナカジは家に帰ろうと席を立つ。
するとはっと気づいたようにミシェルがさっき弾き鳴らしていたギターを持って、差し出してきたではないか。
「・・・これ、あげます」
「・・・え・・・」
「・・・持っていていただけませんか?」
しばらく戸惑う。
こんな高価なものをもらうのはどうだろうか。
・・・しかも大事なものじゃないのか・・・?
「・・・僕だと、思って・・・持っていてください」
・・・顔を赤く染めてうつむくミシェル。
そんな顔で、言われたら。
「・・・ッ・・・わかった」
受け取るしかないだろうが・・・
お互い赤面した顔を隠して、別れる。
振り向くと、はにかんだ顔でミシェルが手を振って見送ってくれた。
・・・『愛しい』気持ちが、またあふれそうになるから。
俺はぐっと我慢して図書館を出た。
・・・ミシェルが眠っているときに、奪った、唇の感触。
まだ、残っている。
・・・・・その日以来であったか。
今日、ここに足を運んだのは。
ちょうど、2年前。
俺はめでたく高校生になった。
・・・そして今に至る。
いつの間にかずっと回想していたらしい。
そばにいたミシェルが、ナカジに声をかける。
「・・・ナカジさん、大丈夫ですか?」
「・・・?・・・あぁ・・・平気だ」
ふるふると首を振って、テーブルに目を戻す。
開いているのはやはり、英語の長文読解。
そういえばミシェルには助けてもらってばかりだな、と苦笑。
大切なギターももらってしまったというのに、恩返しもしていない。
「・・・ミシェル」
「・・・何ですか?」
「・・・欲しいものはあるか?」
ふと聞いてみれば、なぜか赤面したミシェルがうつむいていた。
何事かと思えば、ぎゅ、とつかまれた肩口。
目と目が合う。
・・・もう、『愛しい』を我慢する必要は、なさそうだ。
「・・・好き・・・です」
「・・・好き・・・だ」
同時に響いた告白は。
さらに二人の 『愛しい』 を
強く掻き立てた。
「・・・ん」
「んぅ・・・ッ」
深く重なる二人の唇。
深く絡む二人の舌。
「・・・あ、ゃ、ナカジ、さ・・・っ」
響く、『愛しい』、声。
「・・・好きだ、ミシェル」
荒んだ俺の心に
『愛しい』という感情を教え
ゆっくりと解いてくれたのは
この不思議な図書館に住む
不思議な、『天使』だった。
fin.