「あの・・・本当にすみませ・・・」



氷が入った透明な袋を持ってぱたぱたと駆けてくる。
謝罪の言葉が、途中で途切れた。


「・・・俺がそんなに嫌いか?ミシェル・・・」


苦笑しながらそんなことを言えば、ナカジが名を呼んだ男・・・ミシェルはぱぁっと顔を輝かせて、

「ナカジさんッ・・・!!」
「・・・うぉっ」

・・・がばっと抱きついてきたのだ。


にこにことうれしそうに笑うミシェル。
しかしナカジは動揺していた。
・・・ふいと顔を背ければ、はっと気づいたように手を離す。
でもその顔にはまだ微笑みが残っていて。

「お久しぶりです、ナカジさん」
「あ・・・・・あぁ」

おそらくミシェルの中では抱きしめる行為は挨拶なのだろう。
どこかの外国から来たらしいから。
しかしそれが分かっていても、ナカジは生まれて初めての行為に動揺を隠し切れなかった。

人のぬくもりが、あんなに近くにあったことなど・・・ない。






「・・・あ、頭・・・痛かったですよね、すみませんでした・・・」

先ほど持ってきた氷を優しく、イスに座っていたナカジの頭に乗せる。
じんじんとぶつけられた部分が痛む。

「・・・痛い・・・」
「ごめんなさい・・・」

だんだん哀れに見えてきて、ナカジは思わずミシェルの目元に手をやる。
涙を指で拭ってやれば、ふっと笑顔が戻ってきた。
ありがとうございますと拭ってやった手を優しくにぎられ、はっと我に返り赤面した。
思わず目線をそらすナカジを、ミシェルはくすりと笑って控えめにぎゅっと抱きしめる。


「ナカジさん・・・許してくれますか?」
「・・・わかったから・・・離せ」

恥ずかしそうに、しかし本気ではなくゆるく押し返す腕。
このままくっついていたいとミシェルは思ったが、耳まで赤くしているナカジを見て、しかたない・・・とゆっくり体を離した。

「恥ずかしがりやさんですね・・・」
「・・・ふん・・・」

不機嫌になったのか、ふいと背を向け帰ろうとするナカジをあわてて引き止める。
ぎゅっと後ろから抱き付けば、止まる脚。

「・・・っ待ってください」


・・・さびしそうに発せられた言葉。


「もう・・・しませんから・・・」

さっきの笑顔が、一瞬で消えうせた。




・・・どうして?
どうしてそんなに寂しがる?







・・・俺を引きとめようとした腕が震えている







・・・・・あぁ







こいつはただ単に




俺に 甘えたかっただけなのか






寂しい から








「・・・まだ、帰らない」
「!!」


そうぼそりと言えば、突然ぼろぼろと背中で泣き出すミシェルがいた。
腕を離させミシェルの方に向き直り、ナカジは恥を捨てて慣れない手つきでぎこちなくぎゅうと抱きしめた。
ミシェルは少し驚いたが、やがて安心しきったように目を瞑り体をナカジに預けた。








「・・・あ」
「・・・?」
「まだいて下さるんでしたら、お茶お出ししますね」


そういうと、台所の方へうれしそうに駆けていくミシェル。

一応勉強しなきゃいけないんだが・・・また泣かれるのは嫌だからな・・・

・・・オレは勝手に理由をこじつけて、ここにまだ居座ることにした。



・・・少し経ってミシェルがお盆を持ってきた。
その上にはなにやら甘そうな飲み物、お菓子。
それの類は全て苦手なオレは少し眉根をひそめる。

「どうぞ」
「・・・・・」

何も言わずに渡されたカップを受け取り、中を覗く。
甘ったるい色をした、甘ったるい液体。
ほのかにリンゴの香りがする。

俺にコレを飲めと?

「・・・熱いから気をつけてくださいね」
「・・・・・」

笑顔で促され、少し口の中にいれ転がしてみれば。
・・・意外と飲みやすかった。
俺でも飲めるちょうどいい甘さ。


「・・・美味い」
「・・・それはよかった。・・・あ、こっちのクッキーもおいしいですよ・・・どうぞ?」

・・・さすがに少し気がひけたが、笑顔で差し出されたら食わざるをえない。
まぁ紅茶が飲めたのだからと軽い気持ちで一つとって口の中に放り込む。


「・・・ッ!?」


しかしそれは耐え難いほど甘すぎるクッキーであった。
そういえば・・・こいつは外国人だったのを忘れていた。
嫌いだから甘いものをあまり口にしないというのに、糖度が高い外国のクッキーなど手を出すのではなかった。
・・・油断した・・・。

ミシェルは普通に食っている。
味覚が違う・・・と半ば愕然としながら、俺は平然を装いながらアップルティーを全て飲み干した。

そんな姿を笑顔で見ていたミシェルは、何か思い出したようで俺に話しかけてきた。


「・・・そういえば・・・もう受験の季節なんですよねぇ。
最近たくさん人がくるなぁと思っていたんですが・・・ほとんど受験生でしたよ」

目の色変えて勉強してるんですよ、と苦笑。


「・・・俺もその一人だが」


ぼそ、とつぶやけばミシェルは半ばあわてて立ち上がった。


「うわ、ひ、引き止めてしまってごめんなさいっ!!」
「・・・いや・・・わかったから落ち着け・・・」


立ち上がった拍子にずれた眼鏡を指で直すと、ミシェルははい、とおとなしくすわった。
・・・素直だと思う。
少しからかってやろうか。


「・・・さっきまで勉強していたんだが・・・どうしても解けない問題があってな。
それを解くためにいろいろ探していたら・・・お前の落とした本の角が見事に俺の頭に当たったというわけだ」


いままでのいきさつを多少皮肉りながら話す。
すると一瞬で泣きそうな顔に変わり、目を潤ませて赤いシャツの袖を濡らした。

「・・・ごめんなさい・・・ぐす・・・」
「・・・いや・・・・・・あぁ、そうだ。英語の資料はどこにある?長文が読めないんだ」

・・・少しあせった俺は、少し話題をずらすように資料のことについて聞いてみる。
するとミシェルははっとし目元を拭って、にっこりと場所を教えてくれた。


「・・・英語ですか?・・・でしたら・・・入り口付近にたくさん置いてありますよ。
ただ長文となると読解の基礎も知らないとですよね・・・」


・・・大嫌いな英語の基礎などやりたくもない。
しかもいまからやっても間に合わないだろう。
どうしたものかと悩んでみれば、ふわりと耳もとで鳴るミシェルの声。


「・・・英語なら・・・任せてください」


かちゃりと眼鏡をはずした音がした。
振り返ればそこには・・・まばゆい光を放つ・・・金髪の・・・・・


・・・間違いはないだろう。

・・・ミシェルが、宙に浮いていたのだった。


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