どこかにひっそりと建っている、暗く高い城。
中に入れば、さまざまな絵画や人形がずらりと並んでいた。
古びてはいるが、昔は豪邸のようなところだった。
・・・外は豪雨が降り続いている。
そんな所に、いったい何がいるというのか。
「・・・おかしいッスねェ・・・たしかココに居るって聞いたんスけど・・・」
・・・・・緑色の髪と紅い瞳を持った狼男が、傘をさして立っていた。
その狼男は、城のドアの前に立つと、ノックを数回して、中に入っていった。
「お・・・お邪魔するッス・・・」
すると、城の奥で何かが光った。
『・・・何か御用がおありですか?』
「はわっ!!」
静かな城の中に、涼やかに響く声。
その声に驚いたアッシュは、背筋をこわばらせた。
だが、いつまでもそんなコトは言っていられないので、恐る恐る聞いてみた。
「・・・っあ・・・俺、アッシュっていうッス。
・・・あの・・・ジズさんは・・・いらっしゃるッスか・・・?」
『・・・あぁ・・・私ですが・・・?』
応答してくれたので、アッシュは少しほっとして次の質問をした。
「・・・一つ頼みたいことがあるッス・・・聞いてくれるッスか・・・?」
『・・・えぇ・・・何でしょう?』
「あの・・・人形を作ってもらえねェスか?」
・・・・・アッシュはこう、話を切り出した。
「イキナリ押しかけてスミマセンッス・・・」
「・・・いえ、全然構いませんよ。どうせ暇でしたし」
部屋に案内されたアッシュは、古びた椅子に腰掛けながら足を組んでにっこりと笑うジズの姿を見つけた。
その顔には、右半分だけ仮面が付けられていた。
エメラルド色の綺麗な肌。赤い羽根が、帽子の天辺から出ている。
黒く丈の長いコートにズボン。それにブーツ。
首には白いスカーフをしていた。
どこかの国の紳士のようないでたちだった。
その男は、不思議そうな顔をしてアッシュを見、口を開いた。
「・・・それで、なぜ私に人形を作って欲しいと・・・?」
アッシュはその話題を出された途端、少し恥ずかしそうにうつむいた。
「・・・・・ユーリに・・・」
「・・・あれ、ユーリさんにプレゼントですか?」
「・・・何か・・・してあげたいんス・・・」
「・・・・・・・・・・・」
ジズは、何秒かアッシュの顔をきょとんとした表情で凝視した後、小さく苦笑した。
「・・・そうですか・・・その気持ちは良く分かりました。ですが、具体的にどのような人形を私に作ってくれと?」
そう聞くと、アッシュは耳を垂れ下げて答えた。
「・・・何だかユーリ・・・この頃疲れてるように見えるッス・・・。
だから、抱きつけるような柔らかくて大きい人形を作ってほしいんス」
そのアッシュの必死な言葉に、ジズも少し真剣になる。だが、笑顔は崩さなかった。
「・・・いいでしょう。疲れが癒えるような人形を・・・ですか。分かりました」
「え、ほ、ホントッスか!!あ、アリガトウございますッス!!宜しくお願いするッス!!」
思い切り頭を下げるアッシュ。
その姿を見てにっこりと笑い、ジズは椅子からそっと立ち上がった。
「・・・・・では、始めましょうか」
そういいながらパチンと指を鳴らすと、ジズの周りにたくさんの人形が集まり、
アッシュを人形作りの部屋へとぐいぐい引っ張って行った。
「大きさはどのぐらいがいいんですか?」
「ユーリにあわせて下さいッス」
「人型ですか?それとも動物の形ですか?」
「・・・えっと・・・動物でお願いするッス」
「分かりました。・・・なにか動物でご要望は?」
「・・・特にはねェッス。一番作りやすいモノでいいッス」
・・・アッシュにそう言われて、ピンと来るものがあった。
「・・・・・犬なんかどうです?」
「・・・・・今俺見て言ったッスね」
アッシュは少し落ち込んだ。
「俺狼ッスよ・・・」
すると、ジズは目を丸くして答えた。
「・・・おや、それはそれは。勘違いしていてスミマセンでしたね。
・・・でもユーリさんが言ってたんですよ?」
「・・・お・・・俺は犬じゃねェっていつも言ってるのに・・・」
思わず涙目になるアッシュをなだめながら、ジズは笑って続けた。
「まぁまぁ・・・。でもそれは多分、ユーリさんの一種の愛情表現だと思いますよ」
それを聞いて、アッシュは褐色の肌を紅く染めた。
「・・・っな・・・何言ってるんスか!!そんなこと・・・」
「・・・ありえませんか?」
「絶対ありえねェッス!」
きっぱりと断言するアッシュだったが。
「・・・・・じゃぁ、この前ユーリさんが話してくださったことも嘘なんですかねェ・・・?」
「狽ヲぇ!?・・・なんか言ってたんスか・・・ユーリ・・・?」
意味ありげに言葉を濁すジズに、アッシュは耳まで真っ赤にしながら聞き返した。
にっこりと満面の笑顔で、紳士はその問いに答える。
「えぇ。ユーリさん、ココにたまに遊びに来るんですよ」
「へぇ・・・初めて知ったッス」
「あれ、じゃぁ今度来た時言っておきますね。
・・・・・それで、話の内容というのはですね・・・・・」
「・・・・・何スか・・・?」
今度はすごーく間を空けて、作業を開始しながら言った。
「・・・聞きたいですか?」
「って、教えてくれるんじゃねぇんスか!?」
「・・・えぇ。教えて差し上げますよ?ですが・・・」
「?・・・うぁっ」
イキナリ顎を軽く掴まれ、鼻先がぶつかりそうな位置まで顔を近づけられた。
「・・・私が今から言う条件、飲んでくださいますか?」
艶のある声で、満面の笑顔でそう囁かれて、どこに首を横に振れる人がいるだろうか。
「・・・・・分かりましたッス」
少し怖いような気もしたが、アッシュはつられてにこっと笑い、その怪しげな『条件』を承諾したのだった。
・・・・・目の前に、すっと差し出された透明な水晶。
「・・・・・さ、コレを持ってください」
「・・・あ、・・・はいッス・・・」
渋々それをアッシュは受け取ると、まじまじと球体を見つめた。
・・・何をされるのだろうか?
すると、紳士は水晶の上にエメラルド色の手を重ねた。
「ではアッシュさん。この水晶に、ご自分の、ユーリさんに対する想いを込めて下さい」
「・・・・・え?・・・あの、条件って・・・もしかして」
「・・・えぇ。コレだけです」
そう言いながら微笑んだジズ。
「・・・安心しました?」
「・・・はい・・・ほっとしたッス・・・」
「それは良かったです。・・・では、体の力を抜いて」
「はいッス」
アッシュは言われたとおりにし、目をつぶって想いを込め始めた。
―――・・・・・ユーリ・・・俺・・・・・。
ユーリが、大好きッス・・・・・・・・・・。
・・・・・届かなくてもいいッス。
だから。
・・・せめて、傍に居させて下さいッス・・・。
「・・・・・ッシュさん・・・・」
・・・誰かに、呼ばれたような気がした。
「・・・アッシュさん・・・?大丈夫ですか?」
そう聞かれてふと顔を上げると、ジズの心配そうな顔が目の前にあった。
「・・・え?」
ハンカチで頬を撫でられ、不思議に思って反対側を触ると。
「・・・・・・・・・・あ」
冷たく濡れている。
涙だった。
「・・・辛かったんでしたら、本当にすまない事をしてしまいましたね」
ごめんなさい、と深く腰を折る。
やっと自分に何が起きているか理解し、慌ててアッシュは負けじと頭を下げる。
「い、いえ!!とんでもねぇッス!!こっちこそ申し訳ねぇッス!!
・・・っていうかハンカチ洗濯して来るッス!!っていうかあぁなんで泣いてるんスか俺!!何やってるんスか俺ー!!」
「落ち着いてくださいアッシュさん!ハンカチはいいですから!!・・・とりあえずココに座ってください」
・・・・・アッシュ錯乱。
その姿が哀れに見えてきたジズは、なだめるように椅子に座らせた。
脇にいた人形達が、アッシュに紅茶を淹れて渡した。
・・・しばらくして落ち着いたころ、ジズは聞いた。
「・・・理由」
「・・・はい?」
「さっき泣いていた理由を、お聞きしてもよろしいでしょうか?
・・・あ、いえ。話したくなければ話していただかなくて全く構いません。
私が辛い思いをさせてしまったんですし・・・・・・・・・」
すごく申し訳なさそうに、瞳をアッシュから外す。
「そんなことねぇッス!!もちろん話すッスよ!!・・・それに全然ジズさんのせいじゃねぇッス!」
「・・・それはよかった・・・では、お話を」
相変わらずにっこり微笑むジズに、アッシュは恥ずかしがりながらも話し始めた。
―――・・・ただ、傍に居たかったッス。
ユーリの、一番近くに。
・・・何度も『好きだ』と言おうとしたけど。
大好きだから。
嫌いになって欲しくないから。
・・・だから。言えなくて。
その間ずっと不安で。今も凄く不安で。
・・・はっきり言って嫌われるなら、このまま。
不安を抱えたまま、傍に居た方がいいのかなって。
・・・そう思ったから。
俺、はっきり言う勇気が自分にないことが。
凄く悔しかったんス。
・・・もっと強くならなきゃいけねぇッス。
「・・・・・だから俺、ココに人形を頼みに来たんス。ちゃんと言う機会を作るために。
・・・ってあの、ちゃんとユーリに癒しの人形を作ってもらうのも目的の一つでしたッスよ!!」
「なんだか人形がこじ付けみたいに聞こえますねェ・・・くすくす」
思わず声に出して笑ってしまったジズ。
「んなっ・・・んなことねぇッス!!」
「いいんですよ。あなたのお役には立てたみたいですからね。こじ付けで十分ですよ」
「・・・なんかホントに申し訳ねぇッス・・・」
「いえ、そんなに謝らないでくださいよ・・・私まで申し訳なくなって来ちゃいますから」
そういうと、紳士はいつの間にか出来上がっていた人形を綺麗にラッピングし、アッシュに渡してくれた。
ピンクの包装紙に包まれた犬の人形。
それは、どことなくアッシュにそっくりだった。
「ありがとうございましたッス!!お世話になりましたッス!!」
頭を深く下げるアッシュに、ジズは最高の笑顔で見送った。
「いえいえ。お役に立てて光栄ですよ。・・・じゃぁ頑張って下さいね」
「はいッス!!さようならッスー!!今度は家にも来て下さいッスー!!」
ダッシュでかけて行く緑の髪の狼男。
その姿はものの数分で見えなくなった。
・・・・・ん?と、紳士は首をかしげる。
「・・・・・あ、ユーリさんが言っていた事・・・教えて差し上げるの忘れましたね・・・」
・・・まぁ、今更なのだが。
「・・・いずれ、教えてもらえるでしょう。ご本人からね」
そう、意味深につぶやくジズだった。
「・・・た、ただいまっス!!」
「・・・・・どうしたんだ・・・そんなに急いで・・・」
帰ってきた直後、話しかけてきたのはユーリだった。
バタン、と勢いよく閉められたドアの音で少し驚いている。
「・・・あ、ユーリ!!あの・・・っ」
「・・・?なんだ・・・・・その大きなモノは」
「・・・!!」
渡す前に聞かれ、ちょっと動揺したアッシュだったが、やがて腹をくくるとその品物を渡した。
「・・・コレ・・・ユーリにッス」
「・・・私に?」
「はいッス。開けてみて下さいッス」
そう言われて、ユーリはその大きな包みを開いた。
出てきたのはわんこの人形。
ビーズクッションのような触り心地だ。
・・・触った途端に人形の首に掛かっていた水晶が光り、ふっとカラダが軽くなったような気がした。
「・・・・・・・・・・これはお前か?」
「違うッス!!俺は犬じゃねェって何回言えば分かるんスか!!」
真っ赤になりながらユーリの言葉を否定する。
その姿を見て、苦笑しながらユーリは言う。
「・・・まぁそう怒るな。・・・で?なぜ私にコレを?」
人形を指差しながら問う。
「・・・・・ユーリが凄く、疲れてるように見えたッス」
「・・・え?」
「この頃寝てないッスよね」
「・・・何でそれをお前が知っている?」
「心配で・・・俺も眠れなかったからッス」
「ほう・・・そうか・・・それは悪いことをしたな・・・」
「いえ、いいんスよ。俺なんかよりユーリの方が・・・
寝る時間だって削んなくちゃなんねェ程忙しいんスから・・・」
思わずアッシュはうつむいてしまう。
・・・言わなくちゃいけないことはあるのに。
言葉が詰まってしまった。
そうこうしているうちに、ユーリは貰った人形を持ってその場から立ち去ろうとした。
「・・・じゃぁ、ありがたく貰っておこう。・・・お前も早く風呂に入れ」
言われてアッシュははじかれる様にユーリを見た。
「ユーリ!!」
引き止められたユーリは振り向いて、なんだ、と返事を返した。
「・・・・・俺、ユーリが大好きッス!!」
・・・イキナリの告白。
「・・・な」
「・・・だから・・・傍に・・・居させてください・・・ッス・・・ひくっ」
つたない言葉ながらも、その想いはユーリには伝わったようだった。
さすがのユーリも、色素の薄い頬を真っ赤に染めていたのだから。
泣きながらその場にくず折れてしまったアッシュを見て居られなくなり、前からぎゅっと抱きしめてやる。
人形は傍らに置いて。
「・・・ユーリ・・・」
「泣かなくていい。・・・私もお前と同じだ。・・・・・ずっと傍に居てやる・・・。
・・・居させてやる・・・。だから、泣くな」
そう言われた途端、アッシュはもっと酷く泣きだしてしまった。
「・・・っておいアッシュ・・・悲しいことはなにもなかろうが・・・」
・・・ユーリは今のアッシュの気持ちを分かっていなかった。
アッシュは悲しくて泣いてるんじゃないコト。
嬉しすぎて、感情が溢れてしまったのだ。
・・・ユーリは大きなわんこの頭を撫でてやりながら、泣きやむまで抱きしめていた。
「・・・・・よかったですね、アッシュさん」
黒い服を着た紳士が、大きな絵に囲まれた部屋で椅子に座っていた。
紳士の目の前には、丸い水晶玉が置かれている。
その水晶の中にアッシュたちの姿があった。
今までの一部始終を見ていたのだろう。
頬杖をついてにっこりしながら紳士はつぶやいた。
「・・・ユーリさんが私に話してくださったこと・・・もう貴方は今聞いたはずですよ」
『・・・貴方は誰か、お好きな方はいらっしゃらないのですか?』
『・・・な、何を・・・』
『顔が真っ赤ですよ?・・・いらっしゃるんですね』
『・・・・・あぁ。いるが。それがどうした』
『・・・お名前はなんていうんです?どんな方なんですか?』
『・・・名前はアッシュ。・・・犬だ』
『犬・・・ですか・・・・・・では、今のアッシュさんに対するお気持ちを教えてもらえませんか?』
『・・・・・本人には絶対に言うなよ』
『えぇ。言いませんよ』
・・・気が向いたらですけどね。
『・・・。・・・・・私は・・・・・アッシュに何もしてやれないから』
『・・・』
『何かしてやりたいと思うのに・・・いつもされるばかりで』
『・・・そうですか』
『だから、アッシュに何か求められたら、なんでもしてやるつもりだ』
『・・・・・分かりました。それだけ思ってるんですね、彼のことを』
『・・・・・あぁ』
はっきりと、私は聞きました。
アッシュさんに対する、ユーリさんのお気持ちを。
「・・・皆さん幸せになれてよかったですよ。私も人形を作った甲斐があったってものです」
傍らの人形たちに、にっこりと微笑む。
―――・・・・・さて。
・・・次に幸せになりたい方はどなたですか?
私が、心をつなぐ『人形』を、作って差し上げましょう。
・・・・・では、貴方のお気持ちを。
お聞かせ願えますか?
fin.